2011年6月23日木曜日

はじめまして

宮永です。本年度のαMにおける展覧会シリーズ「成層圏 Stratosphere」で、高橋瑞木さんキュレーションの「風景の再起動 Reactivating Landscapes」において展示をいたします。

僕の作品作りは、ビデオカメラで映像を撮る、と言う事がすべての出発点となります。始めに何か絵コンテのようなものを描いたり、作品の内容を組み立ててから撮影に向かう訳ではありません。

一般的に実写を使う映画などの映像作品を「製作」するという場合、事前に入念な計画をたてたり、撮影の段取りをするのが普通かと思います。それらは質の高い映像、我々が携帯のカメラでスナップ的に撮る動画とは比べ物にならないほど、ノイズのうつり込まない完成された絵を得るための努力です。

時間軸の一瞬間を切り取ることのできる写真とは違い、動画は恵まれた、あるいは事前にそのために作られた条件下でなければ、意図しない要素=ノイズが映り込む確率が格段に高いメディアです。何故なら動画は、我々が暮らす現実とリニアな時間軸を共有しているからです。現実の移ろい行く時間の流れの中では、美しい風景や好ましい出来事も永遠にとどまる事は無く、時に悲惨な光景や醜い感情に塗り替えられ、過去へと押しやられてゆきます。元には戻れません。僕は素材としての動画撮影と言う行為を通して、そう言ったノイズを肯定する作業がしたいと考えています。僕にとって「制作」はリニアな現実との格闘でもあります。

撮影を通してこのように現実をとらえている故に、村山さんが最初に触れて下さった「ノンリニア」と言う概念の大切さを痛感する様になったのかもしれません。僕の解釈ではノンリニアに考える事とは、時間軸を超えて様々な要素を並列的に並べ、吟味し、有機的な関係性をそれら諸要素の中に見いだすという事です。有機的と言うのは、その関係性も任意に組み替え可能というのが常態と言う意味です。その意味で今回の「成層圏」と言うタイトルに非常に親近感を覚えます。

未だ全体像は曖昧ですが、リニアでノイジーな映像素材と言うものを使いながらノンリニアな思考の流れを生み出す作品、と言うのが、今回僕の中での大きな目標の一つです。

まずはご挨拶まで。次回は撮影と言う行為についてもうちょっと突っ込んだ話が出来ればと思います。

宮永亮

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