2012年5月5日土曜日

「成層圏」 -カップリング、持続する共時的な場、重ね合わせの生

αMの2011年のプロジェクト「成層圏 Stratosphere」は3月24日に終了しました。最後にこの場を締めるにあたって、ブログを提案した村山からここまでお付き合い頂いた皆さまにお礼を申しあげますと共に、一つの呼びかけを試みたいと思います。

成層圏シリーズのラストを林加奈子さんが飾ってくれたましたが、その個展の最終日にはシンポジウム「成層/断層:再起動する美術」も開催されました。(シンポジウムの模様は以下のURLからご覧いただけます。)
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2012/03/post-90.html

「成層圏」については、鈴木勝雄さんがこのシリーズ冒頭のステートメントにおいて以下のように述べていました。
美術に特有の表現の強度が、複数の意味の層が重なりあって、豊かな多義性を発揮することにある』。そして、『意味を発生させる層が流動性を失うことなく曖昧に連なり、その各層を想像力が横断的に飛翔することを予感させる空間として「成層圏」という語を読み替えていきたい
しかし、このシンポジウムには(僕も参加していましたが)、「成層圏」というテーゼの困難さが、ぎこちない不連続性として表れていたように感じられました。幾重にもつらなった「意味を発生させる層」、それらを想像力が横断してゆくためには、はたしてどのような具体的なモデルや関わりを構想すればよいのでしょうか?


・ キュレーターとアーティスト –カップリング

まずキュレーターとアーティストの関わりについて、カップリングという概念を手掛かりに少し考えたことを述べたいと思います。このシリーズにおいては、キュレーター×アーティストの関わりが「成層圏」の最小単位の要素だろうからです。
僕は田中正之さんと展覧会をつくってゆきました。僕が準備期間中の大半をロンドンで過ごしていた為に、打ち合わせは3回ぐらい(2010年12月、2011年4月、10月)と少なめでしたが、そのなかでもキュレーターとアーティストの関わりに一つの「結び目」をつくれたと思っています。「結び目」とは、異なるシステムが自律して作動しながら、かつカップリングするための、それぞれのシステムにとって共にアクセス可能なコモンズであり、たがいに媒介しあう結節点のようなメッセージのことを指しています。

キュレーターとアーティスト、それらは異なる理(リーズン)で動いています。アイデアを成熟させてゆくまでに、思考系の過程がどのように推移するか、またその作業環境をどのように整備するかは別様なのです。たとえば、僕はアイデアを練るプロセスにおいては、言葉にもしませんし、メモもとりません。ドローイングすらもほとんど描かないのです。アイデアのイメージやフォームを頭のなかで浮遊させながら明滅させて、具体的なイメージや意味に縮減しないように注意しながら、その状態でひたすら待ちます。(本展で発表した「変態のダイアグラム」は、かれこれ5年は寝かせたアイデアが元になっています。)そのうえで、決心のついたアイデアについては、他者と共有しようというステップに入ってゆくのです。
また、それぞれの理の背景となっているディスクールもまた異なっており、大まかにいえば田中正之さんは近現代美術史の専門であり、僕はベイトソンの思想やオートポイエーシスのような生命系を敷衍しています。(「私のゆくえ tracing the “self”」というテーマは、そうした異なるディスクールの束を、「主体」という概念で串刺しにする企図があったと思います。)
そうした時間、場、人が多様なシチュエーションのなかで、どちらか一方がその考えを他方に当て嵌めてゆくという方式は、どこか筋ちがいになってしまう場合が少なくないと考えています。ではどのようにすればよいのか?僕はキュレーターとアーティストの関わりにも、本展で提示したような「カップリング」の関わり方を見いだすことを提案したいのです。

カップリングについて、河本英夫さんをゲストに迎えたトークイベント「アートとオートポイエーシスは出会えるか?」(2012.1.16)にて、河本さんが面白いお話をされていました。アーティストの荒川修作さんとの対話についてです。(トークの模様は以下のURLからご覧いただけます。)
http://www.musabi.ac.jp/gallery/2012/01/post-85.html/

※河本英夫「荒川修作とのカップリング」トークより(27分ごろから)
すごく長いあいだ仲良くしていたアーティストで、去年(2010年)の5月半ばに亡くなりましたけど、荒川修作ってのがいます。困った男でね、たいへん困った男で。日本人が親しくしようとすると、「うん、わかった」と言って、ぜんぶ捨てちゃう人。

講談社新書って黄色い表紙の本があって、あれはつづき番号が全部ふってあるんですが、一巻だけ欠本があるんですよ。ある講談社の編集者が、荒川修作に喋りたいだけ喋ってもらって、テープをとって編集して、原稿は全部できちゃったんです。それで荒川修作のところにまわしたら、それっきり帰ってこなかった。それで現在も欠本なんです。で、その番号のとこだけ飛んでる。だけどタイトルはもう決まってるし、内容も決まっちゃってるわけ。でも、本人は「あん?あれ?なんかあったよね」なんて言ってる。で、全然関心がない。

彼としゃべるときもね、日本人は彼をおもしろいって思うから会いに行ってみるわけです。行ってみると、あんまり話が続かなくなるとすぐ荒川修作は「Go home!」って、「帰れ!」って言うんですよ。「もう田舎に帰れ!」って。そういう感じで、2回会って、3回目ぐらいにはもうおしまいっていうような感じになっちゃう。編集者でも、それから友達でもそういう感じになっちゃう。ま、日本にいられない理由ってのはいろいろあるんだけど。 
それで僕もちょっと紹介されて(というか引っぱり出されて)、話をしていると、もう話題をつづけなきゃいけないんですよね。それで例えば、こういう話題。
 

ここに点がある(宙を指さして)。ここに点があって、点だから大きさもない。この点が次の瞬間、無限大になる。点が次の瞬間、無限大になる、と。じゃあこれをどうやって掴まえるんだ?そんなテーマを設定してお互いやるわけです。
もう相手が出せなくなったらそれでおしまいなんですよ。で、こっちもいろんなこと言うわけ。言うんだけど、そしたらジーッと荒川修作は考えてて、負けてたまるかみたいな感じになって、またほんとに頑張るわけ。ほいでそれに応じてこっちもいろいろアイデアを出す。それで一回彼が来た時は、だいたいまる1日とっていて、10時間くらいこのテーマでやるわけですよ。
で、そんなことをやってると、わかるんだけど。僕らの間に編集者がいてね、この編集者がずーっと聞いてるわけ。で、その帰り、夜の10時過ぎくらいにこう言ったんです。

(編集者)「いったい二人で何を話してたんですか、、?」
(河本)「10時間も横にいただろっ!?」 

(編集者)「なんっにも分からなかった、、。」って。

じゃあ僕と荒川修作はわかっているのか?というと、あれ普通は外から観ていると、僕と荒川修作はお互い理解しながらやってるって思うんだけど、実はなんっにもわかってないの(!)。まったく何もわかってない(!)。ただ延々と、こうやってアイデアを出し合ってる。何にも理解してないんだけど、それでも10時間延々と進むんですよ。これが、カップリングの基本なんです。 (編集:村山)
 この話から伺えるとおり、カップリングとはコミュニケーションの相互理解というような段階とは異なりつつも、対話において互いの発話を基礎付けるような何らかのメッセージ(媒介項)を有しており、それによって絶えずコミュニケーションを産出しつづけているのです。
僕と田中正之さんの間では、コミュニケーションの頻度は少なかったものの、そうしたカップリングを媒介するメッセージのなかに、特殊な「結び目」をつくることができたと思っています(むしろ田中正之さんが作ってくれたものですが)。
3.11直後の4月の打ち合わせ、そこで田中正之さんはこのように問いかけてくれました。『システムが破綻するときとはなにか?』と。そのとき、この問いかけを受けて僕の思考系は一気に展開してゆくように感じられました。そしてそこから『変態のダイアグラム』の制作にまで至ったのです。しかしながら、この問いかけにたいして僕は田中さんの文脈で理解したわけではないと思います。つまり、「こういう作品をつくってほしい」というような注文や相談によって制作する、ということではないのです。
というのも、"システムの破綻"の局面を描くことについて、当時の僕にはネガティブな印象がありました。なぜなら僕は"システムの破綻"を「死」と解釈するからです。(ただし、時間や空間のスケールを動かすと、ミクロにはアポトーシス、マクロには遺伝システムというような破綻(システムの局所的な死)のポジティブな面が取り出せます)。しかし、"システムの破綻"を「変態 metamorphose」(システムが自律的に作動しながら、自らその構造を新しく変えること)と読みかえることによって、その問いかけをアクティブ(展開可能な)に変えられるのではないかと考えました。そうして考案したのが「変態のダイアグラム」という作品だったのです。
対話のなかで、たえず互いのコミュニケーションの産出を基礎付ける媒介項をつくりだしながら、そのどこかに特殊な"結び目"を見いだすような関わり方。お互いの理解を深めてゆくのではなく、それぞれが別のコンテクストで共-接続するようなコミュニケーションの結び目。その中で『変態のダイアグラム』という作品を新しく作り出せたことが、僕にとって大きな収穫だったと確信しています。キュレーターとアーティストがこのように関わるモデルは、「成層圏」にとってとても有用ではないでしょうか。


・ ブログ- 持続する共時的な場

林、宮永、村山のブログリレー、これは「持続する共時的な場」としての機能を果たしてくれたと思っています。なぜなら、「時間」という問題意識を三人で共有できたからです。このような持続的なシチュエーションをつくり出すこと、これはすぐにでも始められる「成層圏」の実践的アプローチだと思います。ブレインストーミングのような短期集中の集団思考よりも、ゆるやかでありながら長く、その流れを持続させることによって、質のことなる思考のフィールドを切り開くかもしれません。

宮永くんと僕の作品における時間性は、メディアの時間性という意味において通じるところがあり、しかしながら、作品の現出のベクトルは反転しているように感じました。宮永くんの作品は、映像であり、動画でありながら、どこか瞬時的で、絵画的な時間性をもっているようにみえたのです。さながらそれはシークエンスの絵画。それにたいして僕の作品は、平面に複数の通時的なタイムラインが折りたたまれており、絵画化したシークエンスのようなものです。よくよく考えてみると、人間はこの両極の認識をどちらもうまく活用しながら生きているように思えます。それが改めてみえて、非常に興味深かったです。

林さんの作品における時間性は、人の記憶に結びついており、とても複雑な時間構造を持つ経験をベースにしているようでした。どこかアニミズム的なお呪いのような感触があったのは、そういった所以かもしれません。ただ、僕も彼女と同時期にイギリスへ留学し、大震災を体感せずに帰国しましたので、『みのむし』の作品について彼女がアーティストトークで語った言葉にはとても共感できました。被災した日本がどんな雰囲気になっているのかがわからず、(それはおそらく浦島太郎が竜宮城から戻るときと似たような)、ポッカリとした間が空いた様子です。恐る恐るからだじゅうに纏った木の葉を除いてゆくような、そんな肌触りで日本の時間を過ごした憶えが僕にもありました。

僕は林さんまでもが時間を主題に据えていたことに素朴に驚きをおぼえています。時間性は、それまでの彼女の作品や話題からは僕の伺い知ることのできなかったエレメントなのです。このブログの共時性が、なんらかの共鳴を誘ったのだとすればとても嬉しいと思います。


・ 3.11以降のアート- 重ね合わせの生

3.11のすぐあとの十数日間、あの経験を私たちは忘れることができないだろうと思います。私たちは、まるでシュレーティンガーの猫のような「重ね合わせの状態」に近い状況にいたのではないでしょうか。
シュレーティンガーの猫とは、量子力学にかんする思考実験です。原子や電子といった粒子の挙動は確率論的にしか定まらないという性質と、猫の生死という決定論的な事象のはざまでおこるパラドクスを提起しています。それは以下のようなものです。

ブラックボックスがあり、その中には猫と放射性物質、放射線の検知器と毒ガス発生装置が入っています。(1)ボックスのなかの放射性物質は、ある時間内に、ある確率で放射線を放出します(その確率分布はシュレーティンガー方程式によって計算される)。(2)放射線が検知されると、毒ガス発生装置が作動するように仕掛けがなされており、毒ガスがボックスのなかに充満します。(3)毒ガスが発生すれば、猫は死んでしまいます。 では、ボックスを閉じて一定時間たったとき、猫の生死はいったいどのような状態にあるでしょうか?

放射線の放出は放射性崩壊によって生じますが、その確率分布(ある時間内の)はシュレーティンガー方程式によって割り出すことができます。つまり、ある計算可能な確率で放射線が放出され、毒ガスが発生します。このとき、奇妙な状態が生じてしまいます。というのは、箱を閉じた場面おいては、その割り出された確率で、猫は死んでいるし、また、生きているのです。放射性崩壊の確率が、仮に1時間中で60%と計算されるとすると、60%は死んでいる猫が、そして40%は生きている猫が、箱の中に重ね合わさって存在してしまっている。そして箱を開いた途端、猫の生死はどちらかいっぽうの現実に収束します。このような状態を、量子力学では「重ね合わせ」とよんでおり、閉じられた箱のなかには「生きた猫」と「死んだ猫」が、ある確率の割合で重ね合わさって存在していると解釈されるのです。
これは私たちの通常の生死の認識とは全くことなってしまっています。「60%死んでいる猫」が存在する、と考えるでしょうか?生と死はどちらか一方であり、決定論的であって、両方が重ね合わさっているとは考えません。この思考実験は、量子力学における確率解釈の不可思議さとともに、決定論では対象化できないような認識の存立を示していると思います。そこにパラドクスが生まれてしまうのです。

あえて修辞的にいえば、このパラドキシカルな生が3.11直後から原発災害が進行するなかで、立ち上がっていたように思います。原発の被害は、観測も制御も十分にできないプラントの偶発的な要因と、放射性物質の挙動によって、悪夢のように進行していました。そのなかで、政府の原発災害についての最悪のシナリオには、格納容器内の爆発的事象の連鎖にともなって首都圏も避難区域になるという想定すらあったわけです。原発のプラントが危機的状況を回避したと判断されるまでの時点においては、首都圏は、避難区域になるかもしれないし、日常がつづくかもしれない、そのような偶有性をもっていたのではないでしょうか。今でも僕はあの偶有的な時空間の余韻から覚めていません。あり得たかもしれない現実が分岐し続けています。決定的に引き裂かれてしまったのです。

では、もしも東京が避難区域になってしまっていたら、アートはどうなっていたでしょうか?このような偶有性を問うことにはとても切実な意味があります。私たちはそのようなリスクを抱えもってしまっている。そして3.11以降、現実は引き裂かれ、アートもまた同様と考えるからです。引き裂かれた現実やアートを横断してゆくことこそが、「成層圏」にとってもっとも重要な現在形の課題だと考えます。

アートが美術館やギャラリーなどもろもろの近代的なインフラやコンテクストが整備されることによって実現される文化様態だとすると、被災地とはそれらが全ておし流されてしまった、アートにとっての"他者的な環境"として措定できます。もし東京が避難区域になっていたらという問いは、自身が住まい活動する街を「仮想の被災地」とすることであり、アーティストがこの"他者的な環境"といかに向き合うのかという命題を導いてゆくのです。

被災地は「第0世界」とも呼べるような場であり、そこには0地点から始まるクリエイションがある。たとえば高橋瑞木さんもシンポジウム触れていましたが、3331 arts chiyodaで展開されたプロジェクト『wa wa project』(2012)では、「つくることが生きること」という言葉に表題されるように、被災地での様々な創意がすくいとられ、共有されるよう展示が構成されていました。そこで紹介されたのは「第0世界」で生成する技芸知(アート)なのだと思います。そこでは近代主義以降に育まれてきたアートのコンテクストは有効に機能しなくなっています。
東京が避難区域になっていたかもしれないという偶有性は、そうしたノーコンテクストな「第0世界」を私たちが常に潜在的に合わせ持つということに他ならないのではないでしょうか。そうした状況においては、アートが通時的に敷くコンテクストは有効であるが、かつ無効でもある、といえるかもしれません。このような偶有的な現実を合わせもつアートを志向するべきなのではないかと考えはじめています。


ここまで「成層圏」を想像力が横断してゆくための3つのアイデアについて少し考えてきました。これからも引きつづき考えてゆきたいと思います。多義的な層がそれぞれに存立している状況、その層と層の関わりかたについて、具体的な抽象性を提示し、実践してゆくステップに入っているのだと強く強く思っています。
長くなりましたが、これにてひとまず僕の呼びかけは終わりにさせて頂きます。これまで成層圏シリーズに関わっていただいた皆さんありがとうございました。そして、このブログに付き合ってくれた林加奈子さんと宮永亮くんに感謝します。ありがとうございました。

村山悟郎

2012年4月12日木曜日

展示を終えて/林加奈子

こんにちは。東京の春、桜が満開。しかし今回の作品の主役となってくれた浜田山のあの桜の樹はまだ花を咲かせていません。なので、私の春もまだちょっと先。この樹と共に春の訪れを待っているところです。

改めまして、展覧会に来て下さったみなさま、またはるばる遠くから来て下さった方々に、心からのお礼を。本当にどうもありがとうございました。私の人生初の個展、このタイミングで、この場所で、これらの作品を制作/発表できたことは、私の中で自分に起きた奇跡的な出来事として受け止めています。

今振り返ると、まだまだ至らなかったところも随分あったと思う。今回の展示で自分に課した目標がいくつかあったけど、その中の1つに、普段、制作現場が路上など公共空間にある私の作品を、どうやってギャラリー空間に持ち込むか、という課題があった。制作現場での興奮と発見は、私にとってやっぱり何ものにも変えられないものがある。だから、その制作現場から受け取った感覚に、どんな形を与え、あの時現場に流れていたあの時間をどのように切り取って、この空間で見せることができるのか。そのような初歩的な課題に立ち返って制作に取り組みました。

私自身が今回の作品制作を通してつかみ取りたかったものは、全体の作品のテーマになった、“時”。自分の言葉で言うならば、“不在の時”であり、それは、私のリアリティとして、1年間日本を留守にしたということを意味する。帰国後ずっとなんだか時間が逆回転しているような感覚の中にいた。つまりそれは、1年前の時を眺めながらも、実際今ここに流れる時を過ごしているという、そんな時の感覚のことである。一年前という時間は実際にはもう取り戻すことはできないけど、時間を遡るという考えを持って、樹木や落ち葉が持つ自然のサイクルに耳を傾けながら“不在の時”を取り戻そうとした。これは、一見ただの子どもの悪戯のように見られたかもしれないが、もし人と同じように樹木や落ち葉といった物質にも記憶があるのだとしたら、私は自分自身が行う行為を通して、物質に宿された記憶に思い巡らすことで“不在の時”を掬い上げられるのではないかと思った。

今回初めて“映像作品”と呼べるような作品を作り、映像作品について思うことは、映像というメディアのコアなところに“時間”があるという、映像入門の基本中の基本のようなことを、作り手としては今更ながら本当に改めて思い知らされた気がする。それでも、今改めて強く思えることは、私は「時の娘」の作品で、物質が持つ記憶の断片、物質が抱えているかもしれない記憶の断片を、新たな時間のながれとともに、“いま・ここ”につなげられたらいいと思った。そして、それを、“不在の時”の記憶の集積として、映像作品にして見せたかったんだと思う。

最後になりましたが、このブログにお付き合い下さったみなさま、そしてこのような思考の訓練の場と機会を下さった村山くん、宮永くんには最大の感謝を込めて。本当にどうもありがとうございました。

林加奈子

2012年3月19日月曜日

2つの展示を見て


宮永です。
 
だいぶ前回から時間が空いてしまいました。村山さん、林さん両方の展示を見て、かつじっくり考えてから書きたかったもので。こういうときに東京—京都の距離を痛感します。
 
『成層圏vol.6「私」のゆくえ Tracing the Self 村山悟郎』について
村山さんの3つのコンセプト、「学習的ドリフト」「ドローイング/カップリング」「変態のダイアグラム」に基づいた展示はとても見応えがありました。

非線形という言葉が、絵画と映像と言う別のメディアにおいてどう解釈されるのかを見比べる事は、僕にとっても多いに意味が有ったと思っています。同時に村山さんの言う非線形と言う言葉の意味が、単純に観客の前に何かが一度に開示される、と言う意味とはまた違ったものを指向していると言う事も示されていたと思います。

村山さんの絵画表現においてはむしろ時間性を喚起させられました。「学習」「ドローイング」「変態」の3つの言葉も実際時間と関係するキーワードですね。まず、ある行為(運動という客観的な呼称ではなく、人間という主体が行なうものとしての行為)をその出発点から、任意の終わりの時点までを見せる事で喚起させられる時間性があります。その上での非線形とは何かと言う問いがそこに有ったように思います。村山さんの「1つの作品」と言う括りのなかでは、行為1が作るルールに規制された行為2があり、それら2つの行為の持つ時間は似て非なるものだということを感じました。

河本英夫さんとの対談を踏まえて思った事は、それら2つの間に存在する事をコミュニケーションと言う使い古された言葉でつなぐ事は間違いなのではないかと言う事でした。むしろ大事な事はそこにあるディスコミュニケーションであり、少々薄ら寒い(僕の主観ですが、、)その事実について見据える事こそが今すべき事なのではないか、そういう問題意識が僕の中に芽生えた気がします。それぞれの主体のもつ時間を相対化してしまう事で、非線形と言う、世界の実体に迫ろうとしている、、うまく言えませんがそう思いました。

『成層圏vol.7 行為の装填 Charging Action 林加奈子』について
林さんのトークを録画のもので拝見し、元来は制作と発表が一致していたわけではない、制作は現場で成立するものだったと言っておられましたが、僕としてはとても纏まっていた展示だったと思います。映像を中心とした展示になっていましたが、1つ1つの映像自体の質も高く、端的だったと感じました。

「みのむし」に関してのお話では、震災時にはロンドンにいた林さん自身が東京に戻ってこられた際に、留学前とは変わった東京(ひいては日本、だとお思いますが)の空気に対し探り探り接してゆくと言う事を表しているとの事でした。震災後の年を経た木々の葉っぱが落ち葉として落ちてきたときにその中に身を埋めると言うことは、とても沢山の意味合いを含んでいると感じました。積層された時間と言う事に加え、もっと即物的な、物質的な意味も考えられます。

また「時の娘」は、林さん自身のロンドン留学中から帰国後までの思考を、映像の中の樹木が受け入れてくれる気がした、と言う感覚を可視化したそうです。そう言うコンセプトを知って見た場合やはり多くの意味を感じます。自分の時間を解きほぐし、別の何ものかに移す、自分の時の中に付随した感情や思考を他者にのりうつさせると言う意味の行為。そんな事が可能なのかどうかも含め。
思考と物質をダイレクトにつなぐという事は、僕にはある種呪術的な行為に見えます。いわゆる「常識」や「論理」を一足飛びに超える行為のもたらす快感があります。ですがそういったある意味呪術的なものでも、美術としてプレゼンしたときに、その快感のさらに先に考えるべき意味性が現れてくると言う事は幸福な事だな、と林さんの展示を見て感じました。



僕の主観ですが、村山さんの展示も林さんの展示も、ともに時間と言うものが重要な要素でありながら、そこにあるアプローチの違いを見て取れたのはとても意義深い経験でした。

この感想がどこまで作品に迫れている文章になっているのかわかりませんが、僕としては受け取ったものがとても大きかったです。お二人の展示を拝見できて自分の思考の幅が広がったと思いますし、またαMでの展示の機会を頂いた結果このようなブログリレーに参加することが出来たことも、大変プラスになりました。ありがとうございました。





2012年1月10日火曜日

2012年東京/林加奈子

寒中お見舞い申し上げます。
この冬はあまり寒さを感じないですが、、、。みなさまお風邪などひかれませんように。

またまたご無沙汰しております、林加奈子です。
あっというまに2012年。気がついたら年が明けていた。展示が始まる緊張感と追い込みの制作作業で、心も身体も飛び跳ねているような、今そんな時間の中にいるような気がします。
暖冬とはいえ、この時期やっぱり屋外、薄着で撮影しているとさすがに震えます。東京の12月~1月の冬の光、特に午後3時前後の光、昼の温度と夕方の温度が混ざるこの時間が一番いい光具合だなぁと思います。
今回の展覧会では、主にイギリスから帰国後に東京で制作したパフォーマンスを展示する予定です。
2011年の春からロンドンで描きためていたドローイングや習作を1つ作品にまとめられたらと考えています。
向こうでの経験の延長線上で、今ここで考えていることを、みなさまにお見せすることができればと思っています。
どうぞよろしくお願いします。

いま開催中の村山悟郎さんの展示、年末に見てきました。
個人的な感想ですが、一番驚いたのは、作品/ペインティングに見られる色使いが派手な蛍光色になっていたことです。これまでに見た作品の色は、どちらかというと土着的な雰囲気を持つ色使いだったと思うので、今回は色のトーンの違いに驚きました。村山君もおととし去年にかけてロンドンで過ごしていたので、ロンドンのパンキッシュ蛍光、ど派手な記憶が一瞬頭をよぎりましたが、後で見たアーティストトークのビデオによると、特に民族的/土着性の意識がないのにこのような解釈を見る人に与えてはよくない、といった考えから来ているようです。
ペインティングについての説明は一旦置いて、私は村山君の作品を見るといつも頭の中に音楽、特にテクノミュージックが流れ始めます。例えば何かの曲の1つのトラックに従って、強弱や大小の変化とともに延々に反復されて一体終わりがどこにあるのかわからなくなるようなあの感じによく似ているのです。。○ でも、実際の音はないし、村山君のペインティングのトラックは強弱、大小行ったり来たりはしないけど視覚による音が頭の中で静かにガンガン繁殖しています。
個人的で感覚的な鑑賞についての話になりましたが。
壁いっぱいの壁画と平面作品、大掛かりな作品制作、お疲れさまでした。
村山君の展示は2月4日まで開催しています。みなさまどうぞご覧下さい。

林加奈子

2011年12月16日金曜日

明日から

こんにちは、村山です。ついに『成層圏 vol.6「私」のゆくえ Tracing the Self 村山悟郎』が12月17日(土)から始まります。9月にイギリスより帰国して初めての個展になります。ぜひ多くの皆さんにご覧いただきたいです。

田中正之さんの示したテーマ“「私」のゆくえ”をうけて、僕は「行為する「私」とは何か?「私」はそれをどのように知るのか?」という問いをたて展覧会に臨みます。作動しつづけながら自ずと変化する自己の動態、それを捉える3つの画像「学習的ドリフト」「ドローイング/カップリング」「変態のダイアグラム」を提示したいと考えています。
新発表作の「変態のダイアグラム」は展示会場の壁面に直接描画してあります。本展覧会場で会期中にしかご覧になれませんので、お見逃しなく!

これまで慌ただしく準備してきましたが、多くの皆様の協力を得てここまで来られたことに感謝いたします。キュレーターの田中正之さん、αMディレクターの保谷香織さんには展覧会について様々なご教示をいただきました。(株)資生堂には展覧会にご賛同いただき協賛をいただきました。家族にはたくさんの支えをもらいましたし、母には織り作品の紐の下処理までやっていただきました。パートナーの三好愛さんには、忙しいなか休日返上でダイアグラムの線描を手伝ってもらいました。また、ウォールドローイングでは多くの後輩の助力を受け完遂することができました。彼らの能力の高さに感嘆しています。高橋里花さん、甘原千聖さん、呉 梨沙さん、有馬莉菜さん、内藤京平くん、出野虹大くん、外口理恵さん、佐々木祥景くん、ありがとう。他にも紐の下処理を手伝ってくれた倉田悟くん、壇上真理奈さん、小室あゆみさんに感謝します。友人のアーティストである有賀慎吾くん、川田淳くん、須賀悠介くんには展示設置作業を手伝ってもらうだけでなく、多くの対話によって刺激をもらいました。このブログに付き合ってくれた宮永亮くんと林加奈子さんにも改めてお礼を申し上げます。

年明けの1月14日(土)には、ゲストに河本英夫さんをお迎えしてトークイベント「アートとオートポイエーシスは出会えるか?」も企画いたしました。河本英夫さん(東洋大学教授)は哲学者で、日本のオートポイエーシス研究の第一人者です。このトークイベントはアートとオートポイエーシスが交感するとても貴重な機会になるかと思いますので、こちらも是非ご期待ください。

村山悟郎

2011年11月29日火曜日

帰国。東京制作開始/林加奈子

ご無沙汰しております。投稿が随分と遅くなりすみませんでした。
今月上旬に無事日本へ帰国しました。
帰国後早々、約1年ぶりに訪れたaMギャラリーでは宮永さんの展示を拝見することができました。会場では映像作品が上映されていて、私が映像から一番最初に受けた印象は「温度の低い冷たい水」でした。これは私自身「水」に対して親近感・関心をもっている個人的な理由もありますが、きっとあの漁師さんが乗った小舟が水面に浮かんでいる映像や、延々と畑の風景が続く映像からは、今までみえていなかったものが見えてきて、1つには震災後に浮かび上がる東北の地図を思いました。同じ表現者として、いまここで東京で何をすべきかと考えていることもあり、良いタイミングで宮永さんの展示から刺激をうけました。どうもありがとう。
時差ぼけや向こうとの気温の違いで、まだぼんやり寝ていた身体と頭に、突然冷たすぎる水を全身にぶっかけられたような、そんな体験でした。

話変わって、先日タクシーに乗ったときの運転手さんとの会話、運転手さんが語ってくれた“皮肉な話”が興味深かったので以下にメモ。

私:震災後に何かお仕事で変わったこととかなんかありましたか?
運転手:液状化で千葉の浦安の方なんかは大変ですよ〜。
私:何が大変なんですか?
運転手:液状化で道を走るのが大変ですよ。道が膨らんでるから膨らんでるところ迂回しなくちゃいけなくなったし、だけど膨らみを緩やかにするためにその周りにセメント詰めたりして、道をならしているよ。
私:じゃあ道が丘になってるみたいな感じなんですか!?!
運転手:そんな感じだね。
運転手:あとはね、“皮肉な話”があってね、あのあたりはゴミの埋め立て地と高級住宅街なんだけど、皮肉なことに、高級住宅街の地面が傾いちゃったり液状化して大変だったんだけど、ゴミの埋め立て地は地面がゴミでできてるから、水分もなにも漏れてこなくって、なんともないんだよ。。ほんと、これ“皮肉な話”ですよねぇ〜。笑。その高級住宅街の傾いたお家、半壊しちゃったお家の方なんかがいってたのは、建物の傾いた角度によって国の保証のあり/なしが決まってるんですって、家が傾いてるんだけどその角度以下の方なんかは、もう全壊してくれた方がよかったのに〜なんておっしゃっていますけどね。ははは、笑。
私:うん、私だったらどうするかな、家さかさまにするかな(冗談)それより、坂道に建ってる家みたいな仕様にするかな。

終わりーーーーーーーーーーーーー

1つ今の東京の状況を知る手がかりとして、ちょっとこんなやり方で色んな人に話を聞いたりしながらひとつづつ状況を掴んでいます。2、3cm浮き足立ったような感覚と少し調子っぱずれのこれらの感覚をどう作品に料理するか。。。こんな感じで帰国後の制作が始まりました。

林加奈子

2011年11月22日火曜日

仮まとめ

 ぐっと遅れてしまいましたが、ブログ更新致します。宮永です。    
あっという間にもうすぐ搬出作業と言う時期、次は村山さんの展示ですが、おそらく僕の搬出作業と村山さんの搬入作業がかぶると思うので、展示の一端にみなさんより先に触れられるかと。とても楽しみです。

現在開催中の僕の展示をご覧頂いた方、有り難うございます。

    
美術作品は、その見方、もっと言えば個々の観客の方が作品イメージから想起される身体感覚・イメージに対する記憶等を作品に「投影」すると言う行為、に関して、あらかじめある程度の流れが設定されている事(あるいはその流れが端的であること)が、作品の距離を親密にするものだと思います。

   
ただ今回に関してはそう言う親密さを解体するような方向性を持っている訳です。

   
実写映像(動画)を美術に導入する場合に、映画的にも、あるいは写真でも可能であると言うイメージはあると思いますが、さらにアニメーションやモーション・グラフィックスも、技術上可能になってきています。今はそれらの可能性を探っているのですが、それらの映像分野の細目の違いに言及する事にも興味を持っています。素材自体を示す事で今度はそれら細目の差異をも見せられないかと言うのが理由の一つ。実写と言う言葉のイメージから飛躍したいと言う気持ちもあります。

   
コンテンツとそれが載るメディアと言う視点も一つです。これは現代における多様化したメディアと言う流れのなかでは、映像表現が避けては通れないもので、また内容と分断可能な媒体が世界のありとあらゆるところに広がりつつある現状に、それらが不可分な状態を長らく価値としてきた美術がどう相対するかと言う話になってくると思います。

   
それら二つの理由から、中心となる映像作品を解体した訳ですが、その際に使った概念はやはり「レイヤー」と言う事になります。

   
実写でありながらアニメーションライク、あるいはモーション・グラフィクスライクな、あるいは時々一部CGを使っていると誤解されることもあるので、CGライクなとも言えると思いますが、僕の作品内ではそれらは全て平面レイヤー構造で作られています。ただし、その一つ一つのレイヤー自体が実写映像と言う、ある程度の奥行き感を持ったものであり、重ねてゆく(編集する)と言う過程でそれらの奥行きの情報がどのように変質してゆくか、と言う事が僕にとって一番大事な事です。

   
また、これはプロジェクションと言う形式の場合に限定されるかもしれませんが、内容(映像)と媒体(物質)をともに意味的レイヤーと言う概念の元に並列化しようと試みました。これに関しては、まだまだ先のある試みだと思っています。

   
と言うのが現時点でのまとめです、が、何故解体したか、と言う事に関して今回2つの理由を上げましたが、自分の中で3.11の影響が無かったと言う訳でもありません。と言うか、非常に大きかった。単純に解体可能と言う事よりは再び組上げる事が可能な構造体であると言う事も大事で、自分の中にある非定住性の暮らしに対する興味等、論理的な強度で言えば様々なレベルの異なる意味が、レイヤーとして重ねられている状態です。

    
今言えるのは、作品(インスタレーション)の内部構造として、うまく重なるかわからない意味のレイヤーをある種無理矢理に重ねてゆくと言う行為は、映像作品を作る過程の延長線上にある、と言う事でしょうか。つまり、映像と言うリアリティーの側から逆に現実を見ているのだと思います。

つらつら書いているとだいぶ字数がオーバーしてしまいました。まとまりがありませんが、今回はこのくらいで。

 
最終日には下道さん、高橋さんとのトークイベントもあります、宜しければお越し下さい。